家庭教師のデスクスタイル

2012年10月20日

学力格差の始まり

前回は米ソ宇宙開発競争が学習指導要領に及ぼした影響を書きました。

今日はその学習指導要領が学校を取り巻く環境にどういう影響を及ぼしたのかまとめてみます。

昭和33年に施行された学習指導要領は学習内容をより難しくし、さらに学習項目を増やすものでした。

つまり質と量が同時にレベルアップしたわけです。

すると学習内容についていける生徒とついていけない生徒が当たり前のように出てきます。

学校の授業内容というのは今もそうですが積み上がり方式です。

前学年の授業内容を基礎として次学年の学習をしていきます。

なのである学年で躓くと次学年からの学習でも躓く傾向にわるけです。

そうすると徐々に学力差は広がっていきます。

そしてこの時これが顕著に現れました。

学力格差が広がった結果何が起きたでしょうか。

・・・

校内暴力です。

勉強ができないという状態は生徒にとっては大きなストレスになります。

勉強が嫌いだという生徒はほとんど勉強についていけていない生徒です。

この勉強ができないという鬱憤と勉強漬けのストレスが校舎の窓ガラスを割る等の非行と校内暴力に直結してしまったのです。

非行と校内暴力は1980年にピークを迎えました。

先生達は集団下校までするようになります。

そしてようやくメディアがこの事態を察知しワイドショーで取り上げはじめたのです。

全国のお茶の間は大変なショックを受けました。

学校はこんな酷い状態になっていたのかと。

このことは政府の耳にも届き、これでは駄目だということで学習指導要領の改訂に乗り出したのです。

昭和56年のことでした。

次回は改訂されたの学習指導要領の内容についてまとめていきます。





posted by ボス at 18:58| Comment(0) | 学校教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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